QLOOKアクセス解析
2017年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2014.03.11 (Tue)

3年前の今日。

※今日は長文ですm(__)m

3年前の今日、2011年3月11日。
東北地方太平洋沖地震が発生しました。

3月12日に親戚の法事があり、
仙台の実家にもしばらく帰省していなかったので、
前日の3月11日に実家へ帰省し、
ゆっくりしようと思っていました。

仙台の実家には3/11 午前8時くらいに到着。
午前3時に横浜を出て、クルマを走らせたので、
朝食後、自室だった部屋で寝ていました。

昼食後、母親が夕飯の買い物に出かけたので、
また自室に戻って昼寝しようとボケっとしていたら…
地震発生、被災しました。



【More・・・】

2日前に大きな地震があって、
それから異常な回数の余震があったので、
心のどこかで「もしかして…」と思っている部分はありました。

わたしは生まれてから20代前半まで仙台で育ちました。
宮城県沖地震への警戒、知識は子供の頃から
親や学校で教えられていました。

成人後は三陸沖地震宮城県北部地震
後に宮城県沖地震の部分的再来であったと報告された、
2005年の宮城県沖地震と、2000年代に入ってから、
大きな地震が連発していました。

なので、大きな地震でも多少の免疫はありましたが、
この地震は最初こそ「あ、大きいの来た」と思いましたが、
その後遠くから近づいてくる地鳴り、直後、轟音とともに
激しい揺れが長くやってきたので、爆撃でもされたのかと
地震以外の何かと思ってしまうような信じがたい揺れでした。

そして、長い揺れの中で
「これ、もしかして家が壊れて死んでしまうかも…」と
死の「恐怖」というか「感覚」を味わいました。

最大震度7、予想津波6mというのはクルマのラジオで
確認しましたが、その後は近所の目の見えないおばあさんを
タンスやら何やらが倒れた室内から助け出したり、
町内会でお年寄りの避難所への誘導など、
色々と忙しく、情報収集どころではありませんでした。

兄家族がウチに来ました。兄の家の方は
こちらよりもひどく、道路は盛り上がり
歪んだ家も多数、地盤が硬いこちらのほうが
良いということで避難してきました。

それと、電気・ガスはダメでも、
うちの地域はなぜか水道が使用できたのが
何よりの救いでした。

そして、沿岸部の津波被害を知ったのは
日が暮れて真っ暗になった6時過ぎの
兄のスマホでした。例のN○Kの「黒い津波」です。

ショックで吐きそうになりました。
その地域には友人や親戚がいたからです。
3日後に無事だと確認できました。

そして、わたしが社会人1年生の時に
お世話になった、南三陸町(当時は志津川町)が
壊滅したというのもこの時知りました。

電気は13日の夕方に復旧しました。


その後、1週間ほど実家に滞在していましたが、
東北自動車道の一般使用がしばらくできない事を知り、
下道を使い、10時間かけて横浜へ帰宅しました。

わたしの親類や知人で地震や津波の犠牲になった人は
一人もいませんでしたが、2週間後、「震災関連死」という形で、
わたしを実の子供のように可愛がってくれた恩師が
亡くなっていました。


地震の動画をUPした理由は、あれから3年経ち、
落ち着きを取り戻してきたのと、個人的な話ですが
わたしの病気の具合も良くなり、色々と活動できるようになったので、
踏ん切りをつけるためという理由です。

「色々と活動できるようになった」というのが
動画サイトを通じての交流、というのが一番の理由ですね。
そうでなければUPしようとは思わなかったし。


この動画が少しでも皆様の防災のお役に立てればと思っています。
関連記事
スポンサーサイト

タグ : 東北地方太平洋沖地震 東日本大震災 仙台市

 |  雑談  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

■No title

僕の住んでる地域はその地震での被害は全くなかったので、テレビの映像などで見ただけで、被災者の方たちの被災直後の様子などは詳しく知りませんでした。
でも僕の住んでる地域も近いうちに南海トラフの大きな地震が確実にくるらしいので他人事ではないですね…。
やっぱり地震怖いですね。
津波とか実際見たらものすごい勢いなんでしょうね…
2mぐらいのものでも足をすくわれるとテレビで見ました。
実際津波を目の当たりにしたらびびって中々逃げれないかもしれないです。
僕は生まれてから一度も大きな地震を経験したことがないので尚更です。
小さな地震ですら10回も経験していないかもしれないです。
いずれ必ずくる南海トラフに備え日頃から防災意識を高めておかないといけませんね…。
はーべすと(Herbest) |  2014.03.11(火) 18:28 |  URL |  【コメント編集】

■No title

コメどうもです^^

まあ、あれだけの大災害だったから、
どうしても沿岸部や原発関係に集中してしまうのは仕方ないよね。

そうだよ~。南海トラフ。
3年前の地震よりも震源が近いから、
津波はもちろん、揺れも相当ひどいと思うよ。

日本は地震大国だから、建物は丈夫だけど、
万が一大きな地震が来たら、頭を守りながら
じっとしているのが良いと思うよ。

もちろん、場合によりけりだけど、
落下物は要注意だからね。

あの動画がお役に立てたら幸いです^^
せりP |  2014.03.11(火) 19:44 |  URL |  【コメント編集】

■No title

生きていること、それが当たり前でなく、
生きていることが、不思議になったとき、
人は何を思うのだろうと考えました。

考えて、でも考えきれなくて、それでもせりさんが生きていて
下さったから、よかったなって、
私の知っている人たちが生きていたからよかったなって、
浅ましいけど、そんな風に思いました。
百代 月日 |  2014.03.11(火) 19:54 |  URL |  【コメント編集】

■No title

ももさんこんばんは^^

人生色々あると、
>生きていることが、不思議になったとき
こういう瞬間ってありますよね。わかります。

ももさんの「生きていてよかった」という言葉。
とても胸に染み入りました。ありがとうございます(涙)


人ってどうしても考えてしまうから、
生きる、ということに関して迷いや不安が生まれてしまいますよね。

あの日、あの瞬間は間違いなく無意識に
「生きたい!」とわたしは願いました。

誰だって生きたい、死にたくない。
わかっているんですけど、やっぱり生きてると
色々ありますから迷っちゃうんですよね。

あの時の事は、わたしの中で心の傷でもあり
「生きる」事を思い出させてくれる記憶でもあります。
せりP |  2014.03.11(火) 20:27 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://setsuna1994.blog.fc2.com/tb.php/42-0a2de07c

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。